高知に移住した素敵な人たちのエピソードを「私の新天地物語」としてお届けします!

高知に移住した素敵な人たちのエピソードをお届け!

魅力的な移住者に聞きました「高知のいい移住」

自然豊かで
人も豊かで
食も豊かな高知で
新天地物語を紡いでみませんか?

すでに、移住経験のある方に
New Worldのお話をマンスリーでお伺いします。

かくいう、私も神戸から高知へ移住し、20年が経ちました。
移住前の悩み
移住までの道のり
移住後のポイント
そして、未来。

人それぞれの人生が””高知”というキーワードで
地球規模で繋がっていきます。

Story素敵な移住ストーリー

ルワンダのキセキ 山田美緒さん 新聞の一面に掲載されました

2023.03.04

ルワンダのキセキ 山田美緒さん 新聞の一面に掲載されました

以前にこちらに掲載させて頂いた山田美緒さん https://www.gurutto-mama-kochi.com/detail/487/news/story-16187.html なんと👀 毎日新聞で一面に取り上げられました。 ルワンダ 女性が変える 貧富の解消へ ドレスで描く未来 地域のお母さんが笑顔で暮らせる社会を創る シングルマザーの雇用創出 地域の幼稚園支援 子ども食堂 妊産婦とベビーの食堂キセキ ルワンダで活動中の社会起業家で3人の男の子のママ 山田美緒さん。 日本の学生をはじめ多方面から ルワンダキセキツアーの受入れもされています。 また、オンラインでの支援もできるので 知って体験してください。 お互いにwin-winの内容です。 以下↓ 自宅からできる世界一楽しいオンライン国際協力! ルワンダのお母さんや子ども達のサポートに! 月々1,000円から (月)から(金)16〜22時 Zoom開けっぱなし。 https://www.instagram.com/p/CpRv9Z0NcjC/?igshid=YmMyMTA2M2Y= 現在、関西学院大学はじめで複数の高校や大学で定期授業を担当し 母校大阪大学でも オンライン講師としてもご活躍されています。 2023年には、東京の大学生や高校生にも学びの場を提供したいとのこと。 心当たりの学校をご存知の方がいれば、 アンバサダースヤマミキ又は ぐるっとママ高知までご一報ください。 若者よ、世界を知ろう!はばたこう! #ルワンダのKISEKI #山田美緒 #毎日新聞 

0
1日1組限定贅沢時間 自然食レストラン「バグース」 上野 輝江さん

2023.02.26

1日1組限定贅沢時間 自然食レストラン「バグース」 上野 輝江さん

東京生まれ→幼少期 四万十育ち →神奈川県川崎市が生活基盤 →子育て、自分育ての為に再び四万十。 その後都会暮らしのお母様を呼び寄せて 介護も経験しています。 とりわけ、子育て中のママや 介護に従事されている方々に 栄養価の高い美味しい食事をとってほしい。 そんな思いのレストラン バグースです。 今回はバグースオーナーの上野 輝江さんです。 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 〰︎ 四万十市下田漁港 竹島川のほとりにある 隠れ家的な自然食レストラン ”バグース” 神奈川県川崎市から移住したご夫婦が経営する 1日1組限定のお店です。 地元高知のお肉、お魚、お野菜、 友達が作る無農薬のお米を使ったメニューや オーナーお手製のパンも楽しめ ヘンプオイルや極上のココナッツオイル等 調味料にもこだわっています。 ■■■移住のきっかけは幼少期の記憶■■■ 東京生まれの輝江さんは、 幼少期中村市(現四万十市)の祖母の家に 預けられることが多く、その頃の楽しい 思い出が深く心に残っていました。 そして、「いつか高知に住みたい(帰りたい)な」と常々考えていました。 ■移住への思い はじめの一歩は、夫婦それぞれの思い■ 神奈川県川崎市で、地元で人気のバーを 経営されていたご主人は 高知移住には消極的でした。 そこで、1人で2〜3ヶ月単身高知に来て 海や川を楽しんだり、 高知移住の友達とつながって、 沸々と移住の機会をうかがっていました。 なんと!輝江さんと一緒に遊びに来ていた 関東の友達の方が 先に移住していました。 (10組以上いるそうです(°_°)) ■■■出産で移住への思いがより明確に■■■ 出産後、輝江さんの高知移住の思いは 年々強くなり、 あの環境で子育てしたいと思いは募りました。 その後、ご主人の気持ちに変化が生じ 移住に向け、神奈川県のバーの後継者を探しながら 何年も四万十へ通って夫婦の思いを確認しながら叶った 念願の移住でした。 ■移住後、稼ぐことの苦労に直面しながらようやく叶った 念願のレストラン バグース オープン■ 元々四万十市出身の親戚がいたので、 物件探しの苦労はなかったけれど、 自宅リフォームや店舗の改築をしつつ、 色々なアルバイトやお弁当業を経験しながら、 何年もかかり、素敵なお店が出来上がりました。 ー  店名は、神奈川県で経営していたバーの名前  バグース ー お友達のひょうたんランプのショールームにも なっています。 食物繊維が多く、マグネシウム豊富な完全食 麻(ヘンプ)調味料を使用したお料理を 提供しています。 ほぼ塩だけとは思えない 旨みたっぷりコース料理です。 ■■■ヘンプの力で健康な人を増やしたい■■■ 栄養価と環境に重きを置いたメニューで あれだけ満腹になっても身体が重くならないのは なぜ?でしょうか。 デトックスパワーがあるんでしょうね。 神奈川県のお店の頃から取引のある 森林農法で育てられた フェアトレードのコーヒー豆。 バグースのオーナーがハンドピックで選別し、 自家焙煎した豆のコーヒーは格別です。 カプチーノ オススメです❤️ お客様のリクエストに応えて、 とうとうバグース  コーヒー豆の販売をスタートしました。 ご予約下さい♪ レストランはなかなか予約が取れないので、 何ヶ月も前からの予約がおすすめです。 美味しいゆったりした時間が流れ、 ランチなのに、あっという間に夕方。 なーんてことも。 高知では入手が難しい 栄養価の高いこだわりの調味料も購入できます。 ■■■忙しいママこそ、元気であって欲しい そこで…  加工品販売を始めます■■■ また、忙しいママや介護されているご家族にこそ 身体に優しいお料理を家庭でも味わってもらいたい そんな想いから 新たな商品開発も準備中。 元気な高知県民が増えたらいいですね。 これからも目が離せないバグース。楽しみですね。 バグース 四万十市下田1212 ℡ 0880−33−0792 不定休 🅿️あり メニューはコース料理のみ #バグース #高知県 #四万十市 #いい移住 

20
動画も作れるセラピスト 高濱 望さん

2023.01.09

動画も作れるセラピスト 高濱 望さん

Nozomi Takahama 広島生まれ 広島育ち 四万十市西土佐へ  ■きっかけ 自分を変えたい=環境を変えよう そんなきっかけで移住を決断しました。 家と仕事がある”※地域おこし協力隊”の制度を活用し移住しました。 ■地域おこし協力隊での活動 四万十市は人があったかくて食べ物が美味しいことが魅力でした。 高知=あったかいと思っていたら、そんなに暖かなことはなかったけれど、 配属先である、冬の四万十川支流黒尊川の美しさにイチコロになりました。 川が綺麗と言うことは流域に人が少ないということで、 おじいちゃんおばあちゃんが多い地区でした。 協力隊の仕事は、自分達でイベントを企画したり、 リンパケアの資格を活かして 簡単な健康体操を教えたりしながら地域に馴染んでいきました。 「ご飯、食べに来いや。」 「家の草刈りしちゃる。」 若者が少ない地区ゆえに、可愛がってもらえる そんなところで生活できたのは、貴重な体験でした。 ■ゲストハウスを起業 ゲストハウスは、移住前から考えていたプランなので ブランド力のある四万十川を移住先に選択しました。 以前、山形のゲストハウスでヘルパーをした経験と知識で 自宅兼ゲストハウスで小規模なゲストハウスをやってみようと決めていました。 地域おこし協力隊時代からゲストハウスをやりたいことを周りにアピールしていました。 ちょうど民泊の新制度ができた時期で、やろうと決めたら、 布団、炊飯器、電子レンジ、なんと家まで!と次々に入手できました。 ■清流四万十川が目の前のゲストハウスには。。。 大半が海外からのゲストさんでした。 海外の方のほうが川のほとりでのんびりしたいという要望がある方が多かったような気がします。 しかし、コロナ禍となり、実質1年しかゲストハウスの運営をできませんでした。 ■コロナ禍で見つけた新天地 ワンシーズンゲストハウスを運営し、コロナ以前より、 ゲストハウスを1人でやり続けることは難しいと思っていました。 リンパケア事業もやりたかったので、起業カレッジに飛び込みました。 その4ヶ月後にコロナが始まったんです。 そして、移住したい女子むけのシェアハウスに転向し、 あのコロナの緊急事態宣言の時期にも1人で過ごすことなく 不安も解消され有意義な時間でした。 ■起業カレッジとの出会いでまたまた新天地 起業の先生にアドバイスされ、 元々得意だったITスキルを活かした 画像制作や動画配信等、人より早くオンラインの世界に突入できました。 ☆☆☆四万十で楽しく暮らせるパラレルキャリア☆☆☆  ぐるっとママ高知のテクニカルディレクターや NPOで移住や空き家相談にのったり、 リンパケアで身体のケアにも力を入れたり、 電子書籍の出版にも取り組んでいたり、 マトリョミン奏者でもある高濱望さん。 これからのご活躍にも目が離せませんね。 リンパケアサロンnonte ※地域おこし協力隊は、 都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動し、 地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、 農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、 その地域への定住・定着を図る取組です。 隊員は各自治体の委嘱を受け、任期は概ね1年以上、3年未満です。  令和3年度で約6,000名の隊員が全国で活動しています。 (総務省のサイトより引用) #四万十市  #動画も作れるセラピスト  #地域おこし協力隊     

7
Kuhai Hālau O Kanani`ilimaokalani Pa `Ōlapa Kahiko  山本 展子さん

2022.11.02

Kuhai Hālau O Kanani`ilimaokalani Pa `Ōlapa Kahiko 山本 展子さん

四万十市在住 山本展子先生 ■クムフラ nobuko 神奈川県生まれ東京都育ち、 子ども時代はご両親のお仕事で主に関東周辺の転勤族でした。 高校時代をアメリカで過ごし、 その後 沖縄→宮古島→愛媛→高知四万十、並行して2年間のハワイ修行を経て、 クムフラになりました。 ■師匠はハワイのロエア・フランク・ヒューエット先生 フラを通して人生がより豊かで愛に満ちたものになるように、 そして人生の1ページに沢山のアロハの花を咲かせることを目的に した教室です。 ■ハワイと四万十のビーチ ハワイと見間違うくらい美しいビーチがある四万十市に移住し、 自分のやりたいことで人生を楽しんでいる展子先生です。 ■Kuhai Hālau O Kanani`ilimaokalani Pa `Ōlapa Kahiko  2011年、高知県四万十市で古典(カヒコ)と 現代フラ(アウアナ)の教室を開講しました。 四国内 四万十、高知市、愛南市で子どもから中高年まで幅広い年齢層にアロハマインドで フラを教授し、ハワイの先生からの学びも継続されています。 大阪の住吉大社や土佐神社への奉納フラもライフワークにされています。 ステキな教室であなたのアロハマインドを育んでみませんか。 https://www.kananiilima.com/blank-4 nobuko先生のフラ教室サイトはコチラ↑ #四万十市  #フラ教室 #NobukoYamamoto  

7
ひょうたんマジック 小泉 斉さん

2022.10.08

ひょうたんマジック 小泉 斉さん

生まれ育ちは東京都葛飾区。 学生時代は、自分探しで旅したり。 ネパールで現地の友達と一緒にゲストハウスを運営したり、失敗したり。 実家に戻り、ご兄弟とカフェ経営したりしながら、 東日本大震災をきっかけに自分の人生を自問自答し、四万十移住を決断。 ■ひょうたんとの出会い  友達の知り合いで静岡の山奥の作家を知り、会いに行きました。そこで、ひょうたんスピーカーと出会い、デザイン、機能に感動しました。 お兄さんが社長で、斉さんがカフェ店長のお店を味わい深いお店にしたくて、ひょうたんランプ、スピーカーを作るようになりました。 全て独学です。 ■家族経営していた東京葛飾で、東日本大震災に遭遇  実家で父、兄、弟と町工場をしていた時に東日本大震災に遭遇しました。幸い工場は無事だったけれど、車で1時間離れたところは大変なことになっているのに、東京は3日も経たないうちに電車も回復し、普通の生活に戻っている、そんな現実にもやもやしていました。そして、災害の現場はどんな気持ちなのか、興味本位で1週間瓦礫撤去のボランティアに行きました。  形あるものがいずれ壊れる諸行無常の世界を体験し、東京で生活を続けていくことに疑問をもち、40歳の区切りで人生を変えたい気持ちが沸々とわいてきました。 ■活動拠点をシマントへ  いつか田舎でひょうたんを育てて創作活動をやりたいと思っていました。 自分が移住する2年前に川崎市の友達が四万十に移住していたので、夏休みに遊びに行って、東京とは全くちがう空気があって驚きました。空気は美味しいし、放射能や飲水を気にしなくていい別世界が四万十にはありました。  その時、自分でひょうたんを育てて自作ランプのイメージが沸き起こり、移住を決断しました。 ■ひょうたん栽培から手がける  世界に一つだけのオリジナルの世界を作りたい思いで、試行錯誤しながらひょうたん栽培をおこなっています。 そして、自らの作家活動だけでなく、子どもから大人まで、幅広い年代を対象にしたワークショップも開催しています。 ひょうたんランプワークショップ また、作品は四万十市のふるさと納税返礼品にもなっていますのでよかったら、ご覧ください。 四万十市ふるさと納税返礼品 これからも、ひょうたん仲間を増やしていきたいと思っています。   また、現在は、「フタミノイトナミ」という、耕作放棄地を田んぼに蘇らせるプロジェクトも敢行し、半農半ひょうたんライフを送っています。こだわりのお米作りも地域の方に見守られながら、おこなっています。  自分と向き合い輝き続けている小泉さん。これからも目が離せない「ひょうたんマジック」です。 ひょうたんマジック 【テレビ放映のお知らせ】  NHK BS4K  ニッポンぶらり鉄道旅 土佐でリフレッシュ〜四万十くろしおライン  2022年10月12日(水) 午後7時30分から午後8時  再放送は、10月15日(土)同時刻  番組内でひょうたんマジックも登場します。お楽しみに。 #高知県#四万十市#ひょうたんマジック#ひょうたんランプ#ふるさと納税返礼品#耕作放棄地#新天地#いい移住  

15
ルワンダのKISEKI 山田 美緒さん

2022.09.26

ルワンダのKISEKI 山田 美緒さん

■世界21ヵ国を旅した 冒険家でサイクリスト   大阪出身の山田美緒さんは、大阪外語大学(現大阪大学)に通っていた当時、なんと自宅から大学まで往復20キロを自転車通学していたという猛者! 大学1年生の夏休みに友人とアフリカ・タンザニア旅行することとなり、単にバスで移動するのではなく地元の人ともっとコミュニケーションできる自転車の旅を決意し、計画を実行。身を守るため女性と見抜かれないよう坊主頭で胸にはさらしを巻き、半年をかけて自転車でアフリカ単独約5000キロ縦断の旅を完走。その後も国内外地球のあちこちを自転車で旅した冒険家。 ■四国 四万十との出会い  大学時代の友人が高知県幡多郡旧十和村の出身で彼女の実家に遊びに行った際、「日本にこんな美しい場所があるんだ」と感嘆したそうです。アフリカをはじめ地球を旅した彼女の心をゆさぶる景色や文化が日本の四国にあったなんて、灯台下暗しです。卒業後、日本で雑誌社に就職し、営業担当に従事したり、イタリアンレストランの立ち上げスタッフなどとして働いたあと、「一般社団法人コグウェイ」を設立し、自転車で四国ツーリングツアーを主催するなど、サイクリストとしての活動を本格化しました。 ■無かったら自分たちで作ればいい!  元海外青年協力隊のご主人と結婚し、神奈川県で長男出産後、保育所に入所できなかったため、「それなら自分で作ろう」と地域のお母さんやボランティアを巻き込み、公民館などを利用した保育システムを作りました。  その後ご主人の転勤で移り住んだシンガポールでは「もりの幼稚園」、そして、ルワンダでは、日本食レストラン「KISEKI」を立ち上げ、そこで雇用することで、社会的な問題になっている最貧困のシングルマザー支援を行なっています。  ルワンダは1994年、フツ族とツチ族の内戦で3ヶ月で人口の1割以上に当たる80万人が犠牲となった悲劇の大虐殺(ジェノサイド)がありました。 その悲劇から30年。奇跡の復興(ルワンダの奇跡)により、近年「女性の社会進出」がもっとも進んでいる国で、2019年世界経済フォーラムでジェンダーギャップ指数が世界6位(日本は世界110位)で国会議員の半数以上は女性の国です。女性の社会進出がすすんでいるルワンダですが、無計画な若年層妊娠が原因で無職のシングルマザーが多い状況を政府も問題視しています。 「学歴もない彼女たちにKISEKIで働き方やお金の稼ぎ方を学んでもらい、どんどん卒業していってほしい。」 それが美緒さんの願いです。 ■ルワンダ🇷🇼✖️四万十🚣の2拠点生活  現在、ルワンダで小学生のお子さん3人を育てている山田さん。5・6・7月はルワンダの学校が夏休みの3ヶ月間、日本に戻り高知の四万十市の小規模小学校に通って過ごすという、これまたワイルドなJapan Lifeを送っています。  その間、友人の有機農家のお家に住まわせてもらい、有機農業を学んでいるそうです。また、KISEKIの収入源となるアフリカンバティックの販売やルワンダの現状についての講演会など、日本でもパワフルに活動されています。 ■KISEKIの新天地 これから  その時々で、ベストな選択をし、最大限の力を発揮してきた山田さん。コロナ禍で行動が制限されたことで、新たな試みを始めたそうです。きっかけはレストラン「KISEKI」を閉鎖せざるを得ない状況となり孤立した山田さんと、同じくコロナ禍で孤立した日本の山田さんの友人と話した際、Zoomを活用しルワンダから日本の孤立したママを対象としたオンラインシッターや英会話教室を新しい事業を始めることを思いついたそうです。  山田さんのビジョンは困った人をウィンウィンで助け合い、みんなが幸せになれる仕組み。その一つに高知で得た有機農業の技術で栽培した野菜をKISEKIの幼稚園の給食に取り入れ、人にも大地にも優しい取り組みを考えているそうで、これからもルワンダと四万十の結びつきが強固になることを楽しみにしています。そして、高知からもルワンダの女性支援の一端を担え、いつか四万十のママたちでルワンダ『KISEKI」ツアーも開催したいねと話し合っています。これからも新天地への旅は続いていきます。 【KISEKIの家】 平日毎日開催のバラエティ豊かなオンラインプログラム。 日本一楽しくて家族のように温かい国際協力です。 社会問題と向き合う人のクラウドファンディング【キセキの家】 興味を持ったあなた。 国際貢献を兼ねて、是非、KISEKIのサイトを覗いてみてください。 日本の大学生、社会人対象のルワンダインターンシップも行っています。 #ルワンダのキセキ #ルワンダ✖️四万十 #山田美緒  #ぐるっとママ高知  詳しくはURLをクリック↓ ルワンダ・キセキ  オンラインプログラム KISEKIツアー 社会起業家体験

3
もっと見る

SuyamaMikiスヤマミキの移住体験記

【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て⑥

2023.03.31

【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て⑥

”小さな学校で親子のびのび子育て実践者のリトリートナビゲーター”スヤマミキです。 このブログでは、1周遅れの最先端、食の豊かな高知四万十我が家の移住物語を綴っています。 前回は、子供達が複式学級の小学校で生き生きした生活を送ってきたことを綴りました。 中学校時代は部活動の大会では早朝から自宅を出発したり、 大きな大会では前泊するという郡部ならではのハンディキャップがありましたが、 早朝からお弁当を作って応援に駆けつける親も大変でしたが、 今となっては懐かしい思い出です。 小さな学校では、子どもたちは先輩後輩の垣根もなく、仲良しで、 親も応援でドキドキしたり、涙、笑いありの団結力のある環境でした。 そんな我が子は自宅を離れて高知市内の高校へ進学という選択をしたので、 15歳から親元を離れるという、あっという間の子育て期でした。 「早く送り迎えから解放され、自分1人の自由な時間が欲しい」とあんなに思っていたけれど、 実際は心配と寂しさが募り、夫婦2人の生活が始まりました。 親の気持ちと裏腹に、子どもは大きな学校で新しい友人との出会いで 親元を離れ、羽ばたいていきました。 高知市でも友人や親御さん、先生や下宿の管理人さんに恵まれ、 皆さんに助けて頂いたおかげです。🙏 このブログを読んでくださっているあなたのお子さんも、 同様の人生を歩んでいたり、そんな選択を迷っているかもしれません。 我が家の場合は、結果オーライ○。 とても良い選択だったと思います。 ①下宿生活を送り、他人の釜の飯を食べさせてもらうことの恩恵を受けることができました。 ②学業、部活の傍ら、洗濯や食事作りと、団体生活で不便を感じながらも早くから自立できました。 ③世間一般の食料品の価格やお金の大切さ、ありがたさも学べました。 ④大学進学時は、県外という選択になり、親も子も高校時代の経験を踏まえ親離れ子離れの免疫が備わっていました。 ⑤そして、離れて分かる、故郷の自然や地域の方々の優しさを痛感できました。 高知はどこに行っても安価で美味しい食にありつけることができます。 そんな高知暮らしに興味を抱いたあなた。 高知四万十家族リトリート🛶を経験しませんか? 日本三大清流四万十川の雄大な流れを目にしたり、 沈下橋や川の文化が残る流域暮らしを体験しませんか? カヌーやサップ、ラフティングをはじめ 沢登りや軽トラサウナ等のアクティビティはじめ 四万十牛のBBQや地元の美味しい野菜等、 体も心もリフレッシュし、家族時間の思い出づくりに費やしませんか? 四万十移住暮らし20年の私がナビゲートいたします。 ご興味のある方は、 公式ラインにご登録ください。 👇 四万十田舎暮らしに興味ある人 よっちょれー さて 今まで月1ペースでお届けしてきました 【四万十田舎ぐらし のびのび子育て】 今回が最終回となります。 ご購読いただいたみなさまありがとうございました。 コロナ禍で暗中模索になった時期もありましたが、 四万十川は変わることなく悠々と流れ、 川沿いの菜の花や桜は毎年変わらず私の心をワクワクさせてくれます。 豊かな子育てをこの地で味わえたこと、つくづくありがたいと感じます。 では、ブログのこぼれ話や続きは現地でお会いした時にお伝えします♪ ぜひ、日本三大清流四万十川へ遊びに来てください。 お待ちしています💓 リトリートナビゲーター スヤマミキ  

1
【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て⑤

2023.03.12

【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て⑤

移住してきた時、上の子が1歳。下の子はこちらで妊娠しました。 うちの近くの園は2歳半から入園できる少人数の保育園で(待機児童なんて勿論なし) 年代を超えてみんなで遊ぶことが多く、 お兄ちゃんやお姉ちゃんの真似をしてトイレに行くので、 入園2日目でオムツが外れました。 小学校は複式学級で 集団登校で山を越えての通学です。 そんなところで子育て、寂しくないの? 実家神戸の母は心配していました。 慣れない土地で 友達も家族も親戚もいない四万十川の支流暮らし。 不安がないというと嘘になりますが、 とにかく移住のいちばんの理由である娘のアトピーの症状が改善され、 笑顔が増えたことが何よりでした。 幸いにも、移住後に妊娠した第二子の息子はアトピー性皮膚炎はなし。 水? 食べ物? 母親である私のマインド? 理由は分かりません…。 田舎暮らしと言うと、のんびりした暮らしを思い浮かべるかもしれませんが、 子育てはどこにいても忙しいものです。 ただ、自然が遊び場なので公園デビューなんてこともないし、 余計なことへの時間に終われることなく、 子どもとのびのびとした日常生活を過ごせる環境はありがたいものでした。 近所の子どもたちも学校から帰宅後、我が家に遊びに来て、 喧嘩をしたり、大笑いしたり、 お兄ちゃんお姉ちゃんにひっつきまわって過ごす毎日。 補助輪なしで自転車に乗れるようになったのもみんなのおかげです。 もちろん、私も子どもたちと一緒にくたくたになるまで練習に付き合いました。 また、夏には目の前の清流でみんなと一緒に泳いだり、岩からダイブしたり。 学校行事のキャンプも全家庭の両親と先生も参加し、 学校の前の河原でバーベキュー。 蔦でターザンごっこ。 楽しかったなあ。 夏休みには、先生も親も子もみんなで小学校の体育館に宿泊したこともありました。 おかげでこの地区の子どもたちは小さな小学校にもかかわらず、 幡多郡内の水泳記録会では上位を独占していたんですよ! 他にも地域の田んぼを子どもたちの為に貸していただき 手植えで田植えや収穫をし、米作りの苦労を味わう体験も! 12月には地域のおじいちゃんおばあちゃんたちと一緒に みんなでお餅つきをしました。 そして、地域の全戸に子どもたちのメッセージを添えて お餅を配って挨拶に伺っていました。 核家族の我が家でしたが、地域のみんなが子どもの名前も知っていて、 気軽に声をかけてくれたり、 危ないことをしていたら叱ってくれたりする 理想的な子育てができる場所が ここにあったのです。 見たことない不審な車にも目を光らせてくれ、山通学だけど、安心安全な通学路でした。 (不審な車は我が家の友人の車でした。😁) そんな小さな学校生活は2005年に市町村合併して7年後、 少子化を理由に村内の6つの学校が統合しました。 山を超えての集団登校もバス通学に変わり、 小学校の形態も変わってしまい、一抹の寂しさも、、、、。 複式学級で小さな学校。 分かるまで先生が教えてくれるので、学力面の心配もなく、 地域の方も見守ってくださり、人間力がついて 物怖じせず人と会話や発表ができる、みんなすてきな子ばかりでした。 もちろん、いじめなんてないだろうし、 (喧嘩はしょっちゅう。でも時間が経てば謝って仲直りもできます。) 私の経験から言えば、小さな学校はおすすめです。 10年も前のことなのに、あの頃のことを思い浮かべるだけで笑顔がこぼれます。 妊娠出産子育てを考えると 主に経済的理由のため不安が多かった子育てが 学校や地域のおかげで むしろ安心やありがたさを感じられる子育て思考に変化していきました。 みんなで子育て。 ありがたい環境で大きくなれました。

6
【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て④

2023.01.14

【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て④

”良い川のそば” 夫婦ともにこんなに早く見つかるとは思っていませんでした。  紹介された家は五右衛門風呂に囲炉裏、おくどさんのある土間台所の小さな家でした。 想像するだけで、寒い家ですが、引っ越し時に持ってきたエアコンを設置しないで夏を過ごせる家でした。  元の家の持ち主は、慎ましく生活されていたようで、 孫が来てお皿を落として割ったらもったいないと、竹をくり抜いて作った器も使っていたそうです。 私たちは電話やPCを使うために電気のアンペアを変更する工事を依頼することから始まりました。  隣近所は密接していて、借家の前の畑は、隣の大家さん(持ち主の親戚)が使用され、 好きに引いて食べていいと言われました。 当初、「せっかく田舎に来たのに畑ができないのかぁ」と少し残念に思いましたが、 布おむつで子育てしていたので、洗濯だけであっという間に1日が過ぎ去り、 隣のおばちゃんの手入れが無いと、せっかくの良い畑の状態が保たれなかったことでしょう。 また、種まきのタイミングや畑のやり方も学べました。 ありがたい話です。  都会から田舎に引っ越してきた家族ということで、 まず近所の子どもたちが遊びに(覗きに?)来てくれました。 1歳8ヶ月の娘に既製のスナック菓子(確か、とんがり○◯◯)を一緒に食べようと渡してくれ、 (この辺はアレルギーなんて観点がない暮らしで、1人もアトピーの子どもに会うことはありませんでした。) 娘には卵、牛乳、小麦、いろんなアレルギーがあったので、ドキドキしていましたが、 ぐっと堪えて見守っていると、お菓子を口にしたのに、いつもの掻きむしりがなかったんです。 痒くならないんです。 驚きと嬉しさで、言葉にできない感情が溢れてきました。 「あー、高知へ移住してよかったな」 心配していた夫の病状もひどい状態からは回復し、 農作業の仕事の傍ら、隣のおんちゃんに教わり、 地域の田畑を荒らす害獣とよばれる猪や鹿を300頭捌き、 村から表彰されたり、 漁協の組合員になり、目の前の川で天然鮎や鰻を獲ったり、 生き生きとした生活を取り戻しました。 そして、2人目を妊娠しました。 さあ、どんな暮らしが待っているのでしょう。 続きは次回へ  

1
【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て③

2022.12.11

【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て③

 独身時代はガーデニングの仕事をしていた私。仕事を始める前には、 佐藤初女さんの『イスキアの森』やC.W.ニコルさんのような暮らしに憧れ、 北海道から沖縄の島々さらには海外まで旅し憧れのナチュラルライフを実現できる場所を探していました。 今回、家族で移住するにあたっては、昔から夫が気になっていた四国で暮らすことを選択しました。  憧れの田舎暮らしでしたが、初めての出産で育児も大変なこのタイミングに 子育てを支援してくれる両親や、昔からの友達やクライアントが住む阪神間から離れることが ベストなのか、私自身正直迷いもありました。 なかなか一度で家も仕事も見つけるのは難しいだろうなという思いもありました。    前回のブログで書いた通り、娘のアトピーの症状はひどく、 長時間チャイルドシートで身動きできない状況にすると肌状態が悪化してしまうため、 移住物件探しは、夫ひとりで行ってもらいました。  夫は自分の感覚を頼りに限られた日数の中、四国の太平洋側のあちこちを探し回ったようです。 キーワードは ”良い川のそば” 良い川とは、ダムに隔たれていない海と山がつながっていて、 天然の鮎や鰻が生息し、川漁をはじめ生活の中に川が身近にあり、 そのために清流が残って川の文化があるところです。  役所に空き家相談にも行きましたが、2001年当時は今のように移住支援は手厚くありませんでした。 しかも、相談していた役所の担当は異動していて、もちろん引き継ぎはしてくれていますが、 またイチから状況を相談したりなんてこともザラでした。  そんなこんなで先が見えなかった移住地探しですが、ある日、 友達の友達づてで紹介してもらった移住地探しを手伝ってもらった一家のお宅に、 たまたま地元の世話好きのおんちゃんから電話が! 「西土佐に来る気があるなら世話しちゃるぞ」と、見ず知らずの間柄にも関わらず家を見つけてくれました。 しかも、仕事はおんちゃんのところで雇っちゃる! そのおんちゃんが探してくれた場所は、四万十川の支流目黒川沿いの地域です。 ”良い川のそば” 偶然の人との出会いで、こんなに早く理想の移住先が見つかるとは思っていませんでした。 続きは次回 移住の相談はコチラの公式LINEへ 四万十田舎暮らしに興味ある人、よっちょれー  

1
【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て②

2022.11.02

【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て②

神戸の瀬戸内育ちの私にとって、太平洋は遠くて大きくて波のパワーがある憧れの海でした。 青春18切符🎫を使った鈍行列車や船で旅することが好きな私は 学生時代、北海道、東北、信州、九州、沖縄、小笠原をはじめ 日本をあちこち行きましたが、実は四万十をはじめ四国西南域を旅したことはありませんでした。 理由はアクセスの悪さ。 計画は立てたんですよ。 ただ、旅の途中で出会った地元の方からすると、 「なんで車で来ないの?」 「列車より、高速バスの方が早いで」 と勧めてくれて、立ち寄れなかったんです。 そんな私が何故四万十暮らし? きっかけは、夫の存在と娘の誕生です。 2人ともアトピー性皮膚炎がひどく、 産後は特に夫がひどくなりました。 皮膚の乾燥を防ぐために、アロエを鉢で持ち歩き潤いを補っていたほどです。 また、娘の症状も、当時西宮市の3ヶ月検診で1000人近くいた同級生の中、 娘ともう1人が重度で別室で保健師さんから指導を受けたほどひどかったのです。 「お母さん、大変ですね。頑張りましょう。」 初めての出産で乳児湿疹だと思っていたのに、重度のアトピーだったとは、 そして保健師さんからの言葉に驚きひどく傷ついたことを記憶しています。 痒みの為、昼夜問わずいつも泣いていた娘。 次第に私もやつれて、母乳も出にくくなり、 皮膚科の先生からの助言でアレルギー対応の粉ミルク(これが高額なんですね)に移行し、 天職だと思っていた庭師の仕事は休み、皮膚科と買物以外は子どもと家で2人きりの 日々が続いていました。 幸い、皮膚科で同じ境遇の子どもを持つ2人のママと友達になり、 アトピー暮らしの情報交換や、励ましあったりすることが救いでした。 やはり、食と環境は大事なこと。 家族の病のおかげで改めて知って学び考えるようになりました。 太平洋のある高知県。 国民休暇県で市内には椰子の木のストリートもーあるし、 神戸や大阪のサーファーの友達も波乗りに来たら我が家に泊まれるし。 自然の中で暮らす移住という選択が芽生え、わくわくしてきました。 皮膚科のママ友は我が家が四万十へ引っ越すことを残念がりつつ、自然の中で暮らすことを賞賛してくれました。 娘のおかげで生まれた人脈です。 次は移住のターニングポイントをお伝えします。 移住の相談はコチラの公式LINEへ 四万十田舎暮らしに興味ある人、よっちょれー

1
【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て①

2022.09.25

【幸せになるための鍵とは?】四万十田舎ぐらし のびのび子育て①

はじめまして。 突然ですが、今の子育てや近くの学校の教育や 保護者同士のつきあいに限界を感じているあなた。 そんなあなたに私のジェットコースターのような人生を通して、 こんな豊かな暮らしがあることを知って安心してほしいです。 ”小さな学校で親子のびのび子育て実践者のリトリートナビゲーター”のスヤマミキです。 このブログでは、1周遅れの最先端、食の豊かな高知四万十我が家の移住物語を綴っていきたいと思います。 我が家が神戸から四万十川中流域の村へ移住したのは、2002年のこと。 私は、元々、庭づくり、ガーデニングを生業としていたので、 仕入れた草木や資材を置くためにも、広いスペースを探していました。 当初は、関西圏の郊外を探していましたが、 生まれ育った神戸を離れて住みたいと思える場所になかなか巡り合えませんでした。 そんな私の思いをカタチにし、背中を押してくれたのは夫の行動力と未来予想図です。 そして何より、私を母親として選んでこの世に生を受けた娘と息子のおかげです。  田舎暮らし  移住  自然豊かな小規模校でのびのび子育て こんなキーワードにピンときた人のために、 行き当たりばったりなのに、奇跡的に周囲の助けで土地と家まで手に入れた 移住物語をお伝えしたいと思います。 移住に関するご質問も大歓迎です。シリーズでお届けします。お楽しみに。 公式LINEはコチラ 四万十田舎暮らしに興味ある人 よっちょれー

1
もっと見る

INFOインフォメーション

名称 魅力的な移住者に聞きました「高知のいい移住」
(ワタシタチノシンテンチモノガタリ(イイイジュウ))
住所 高知県四万十市
四万十市移住コーディネーター       須山 美樹
四万十市移住コーディネーター       須山 美樹

2002年、神戸→四万十川支流へ一家で移住。
我が家の移住ストーリーも
ご一読ください。
https://www.gurutto-mama-kochi.com/detail/234/news/news.html